『トーキョー裁判』『天皇と接吻』をめぐる
演出家と美術家のストレートでフレキシブルな〈関係〉Part.2
演出家 坂手洋二
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美術家 加藤ちか
聞き手 土屋茂昭 記録 武井三保  梅ヶ丘カフェ・パスピエにて
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土屋 片や『天皇〜』の方の、あの二重屋台を引き込んでの後舞台、あれ実際は奥行きはどの位ですか。3間位?
加藤 3間半とか・・・
坂手 もとは3間半ですね。5尺張り出してます。
土屋 あれ、引き込んで扉閉めて、あれだけの空間(ザ・スズナリ)の中で色んな場所に変えるのは僕らから見てもよく出来てるな〜って思ったんだけれども、あのへんもやっぱりト書きが無い所から始まったんですか?
坂手 あれは非常にはっきりと。
加藤 ありましたよね、逆に恐いくらいの。あるのにつくれないぞーって。
坂手 3畳間で芝居をするって面白いだろうとか画期的だろうって。3畳間が映画部の部室になったり、映画会社の事務所になったり、ただの3畳間になったり、なんにも無くなったりするんだぞと。それで3畳間だから小さいからどうとでもなるよなと、廻してもいいしな、盆にしてもいいしなと勝手なこと言い放題。でも話していてあれは無理だしこれは無理だしなった時に、じゃあどうしようかなと。舞台監督の野口毅さんも含めての話の中でやっぱりスライドがいいでしょうと。野口さんがレールが好きな舞台監督で、これが良かったんだけれども、レールが一番確実な方法だという話になって。僕の方もミーティングの中で廻し方を色々したいんだけれども最後のシーンは映写機でビーっと奥に行くのが欲しいからスライドも欲しいんだと。それでスライドだけで出来ないかなあて話に絞られていったんですよね。
土屋 坂手さんとしては発想が全部あったのでは無くて稽古の過程であそこに落ち着いていったということですか?そうではなくて構想が先ですか?
坂手 構想はね、お客さんが見ている通りのイメージはかなり前からあったと思うんですよ。その通りに割となってると思うんですよ。只その通りにあそこの中でやってみせるという事の難しさ。
加藤 各場は全部書かれてるんですけど、各場のつながりのト書きは書いてなかったんですよ。要するにここは暗転転換じゃないんだけど、どういう時間が流れているかという事は転換に絡むことだったから、結構シーンのつながりが保留になってた。
坂手 保留にしていた理由は、大きなのはレールに人が乗ると3人以上乗せたら動かないんじゃないかという正論があって、レールに多大な期待を寄せて劇場に入ってダメだったら全体に気持ちがシュ−ンとなるから多大な期待をしないでいる振りをして、そういうのがあったよね。(笑)
加藤 だって、本当に皆さんは非常にスムーズに行った所を御覧になっているからですけれども、ウインチかけたら100%なんですけど、借りるにはお金が無い訳ですよ、それで例えば人海戦術でやると決まっている方針が現実的にはある訳ですから。後は引く人の力に関わって来る事なので。(笑)
土屋 特に最後のシーンは、あれは7・8名乗っていましたよね?
加藤 7・8名って事ないです。
坂手 12・3人位。あと芝居中で移動しているのを見せるって部分がありますよね、あれなんかもう滑らかに行くっていうのが必須条件であって、あれ位の音しかしないという前提がないと出来なくて、全部場当たりの時に決めているのね。で僕の中には選択肢が山の様にあるんですけれども全体のセットが出来上がったのを当日見て、それでだんだん順番に見ながら前半やった後また後半やりなおしてと、結果として場当たり終わって大体トータルで出来ているという恐ろしい話なんですね
加藤 (うなずく)
坂手 いっぺん決めた事はそんなに揺るがないんですよ、それは行き当たりばったりみたいに見えるんだけれども選択肢を沢山持っていて、なにが一番大事かっていうのが見えた瞬間にはもう決断凄く早いんですよ。ケンカいっぱいするんだけれども決まる時はすぐ決まる。
土屋 それまでの会話の中に選択肢が沢山出て来ている訳ですね、きっと。『天皇〜』は屋上が基本のセットですよね、あれは両サイドに隙間が5寸作ってあったんだけれども、あれは屋上のイメージを計算して?
坂手 これは加藤さんのセンスですよね、あれは少しでも空いていたら空間が全然違うんだよという。
加藤 スズナリではね。あれはあと2ケ所大阪と名古屋を廻って、でも空間を空けたいという気持ちはあった「なんて小さすぎるセットを作ったんだ」と言われながらも・・・でも、空間を空ける条件は変えない、で転換は必ずするっていってたら「なんて大きすぎるものを」って。もっと小さな劇場ではいわれ。
土屋 大阪はどこで?
加藤 大阪は扇町ミュージアム・スクエアで。
坂手 あれは下手がぴったりしてぶつかってしまったけどね、でも上手は空いてるし同じ効果はほぼ出ている。名古屋(七つ寺スタジオ)は壁にギシギシだったけど。
加藤 名古屋はもう、後で舞台監督に聞いたら天井のかわしが1Bだったと。
坂手 当る当るとか言いながら当んないの。
土屋 僕は観に行った時、隙間と周りをちゃんとデザインとして処理してあるのね。普通だと黒だと「見えない事」というんだけど、黒に処理してちゃんと隙間があるっていうのは美術のセンスだなあと思って見てたんですよ。だからデザイン的にかなり計算して作った空間だなあと。
加藤 でも、間口分芝居はこれ位の大きさは欲しいとか。でも(3つの劇場で)共通でいくのはこれ位の大きさが一番経済寸法とか、で現実的にどうかという所で結構・・・やっぱり間口とか寸法はかなり細かく打ち合わせを・・・
土屋 あの部室の空間というのは実際には1.5坪位だったのかな?3畳位、6×9尺位ですよねきっと。
加藤 でもそれはあの芝居の最初の条件だったんです。
坂手 要するにどうしてこんなに狭い所で、というのをやりたくて。しかも一番最初はなるべく舞台の一番前で、客の触れそうなところで狭い所に皆いるっていう。
土屋 あれは(劇場空間の)全体が狭いからあの大きさになったのではなくて最初にあの空間が欲しかったんだ?
加藤 そうなんですよ。という指定があったにも関わらず「小さすぎる」と何かに書かれてしまったので結構・・・
坂手 あの3畳間に入ると本当に狭いよね。
土屋 『ト−キョ−〜』は客席と舞台という関係では無くて包むという意味もあるけど、ある意味客も参加者みたいなやりかたでしたよね。
坂手 舞台の上をお客さんを歩かせるとか、最初入って来て「客席が無い!」って悲鳴が聞こえるのが楽しいのね。これは前衛的な芝居でだったらこうゆうの割としょちゅうあるんですが、逆に言うとね。客が歩くとかこないだ伊藤キムさんもパークタワーでやっていたけど。客を乗船客として芝居の中に入れ込んじゃうっていうとはっきりフィクションですから、前衛でごまかされない様な中でやれたのはとても面白かったけどね。
昔はこの劇団(燐光群)には最初8年間位は美術家がいなかったんですよ。91年からなんです加藤さんが参加したの。それまで僕がやっていたんです。で、伝統としては基本的に普通の劇場の普通の舞台って嫌なんですよ。舞台の床って嫌でね、ベニヤとかパンチとか嫌ですね。いかにも芝居だからベニヤですとか芝居だからパンチです、リノリウムですって凄く嫌なんですよ。最初の頃はね、床に必ずモノがひいてあるの、タイヤがしきつめられてあったりとか、葉っぱばっかりとか、だから床が見える芝居って結構後からなんです、5年位してから。基本的に普通の舞台に見えるのが凄く嫌で、自分で劇場に見に行っても、なんでここに客席と舞台の間に線があって、向こうが舞台ってなんで皆そうゆう約束でやっているんだって、なんかすごくイヤな気持ちになる。

土屋 例えばタイヤ敷こうとか石だらけにしようとかが坂手さんのアイデアにあった。で俳優さん達の反応はどうなんですか?
坂手 俳優達は面白いんじゃないでしょうかね、タイヤをひいた芝居なんて昔あったんですけれども、たいへんだけれどもタイヤの上にひょこひょこなんて凄く歩きにくいの、なんか凄く面白い。