| No.3 二重のスライドワゴンを使って、小劇場での多場面の転換を可能にした 『天皇と接吻』の場面転換 野口 毅(舞台監督) |
| 「『天皇と接吻』が大きな賞を頂きました」と燐光群制作の古元君から嬉しそうな電話が入ったのは、1月の終わりぐらいのことでした。知り合った頃は制作の仕事を始めたばかりで、いつも少しおどおどしていた彼が、とても誇らしげに伝えてくれました。 加藤ちかさんから留守電にメッセージが入っていたのはその2週間くらい後のことです。「賞とったのー。ありがとねー。それでさー、何か原稿書いて欲しいんだってー。かっこよく書いてねー。じゃあねー。」という、さっぱり訳の分からないものでした。その後、舞台美術家協会の土屋氏から改めて連絡があり、『天皇と接吻』の舞台の”からくり”について書いて欲しいとの依頼を受け、この文章を書くことになったのです。 とはいうものの、あの舞台に”からくり”といえるほどの仕掛けは何もありません。大劇場で時々見かける、電動のスライディングステージを小規模にして、人力で動かすようにしただけです。難しいことは何もしてません。もちろん、小劇場であんな装置を仕込むために、少し苦労したところはあります。床が元々歪んでいるので、スライディングステージのレールをまっすぐに仕込むのが大変だったり、バトンが元々歪んでいるので、可動パネルのレールをまっすぐに仕込むのが大変だったり。(←スズナリの二ッ森さん、ごめんなさい)まぁ、舞台監督の苦労なんてそれぐらいのものです。もっと苦労した人がいっぱいいます。 小劇場で公演をする劇団は大抵そうなのですが、はっきりいってお金がありません。もちろん燐光群もそうです。あの装置には驚くほどお金がかかっていません。いえ、正確にはかかるはずなのですが、「オサフネ製作所」というところで、とても安く作っていただいたのです。鉄板の厚みまで計算に入れた1/10ミリ単位の図面を夜中まで書き、重量を支えきれないからこれでないとダメ、という値段の高い部材を入れてもらい、名演小劇場というとても小さな劇場での公演があるために、それ以外では全く必要の無いパーツ割りまでしてくれて、会社の儲けなど無かったと思います。あの舞台が高い評価を受けた大きな要因の一つとして、「オサフネ製作所」さんの心意気、というものが間違いなくあります。そして、小劇場で公演をする劇団は大抵そうなのですが、はっきりいって台本が遅いです。もちろん、燐光群もそうです。あの転換はすべて劇場に入ってから決めたものです。稽古場ではみんな芝居の稽古をするので、もっと言えば台詞を覚えるのでめいっぱいでした。場当たりときっかけ会わせを、20時間近くやっていたと思います。延々と、同じ転換を繰り返し繰り返しやりました。なにしろ小規模とはいえ役者が乗ると500L以上になるワゴンが暗転中に動くという舞台です。そして、それを動かしているのは、プロの裏方ではなく劇団の若い俳優たちなのです。まず安全な段取りを組むことを最優先にしました。演出的な面も含め転換が固まったのは幕が開いて3〜4日たった頃です。本当はそんな状態で幕をあけるということはお客さんに対して、とても失礼なことだとは思うのですが・・・。 それでも若い俳優たちはよくがんばっていたと思います。台本のようにブ厚い転換表を片手に初日の開場後、お客さんの来はじめたロビーの隅で車座になって真剣に転換の確認をしている彼らの姿を見て、そういうことは客から見えないところでやれよ、などとは思っても口には出せないものがありました。 あの舞台には、技術的に語れるような”からくり”など全くありません。普通に舞台の仕事をしている人なら簡単に想像できる、当たり前のことを当たり前にやっただけです。それでも”からくり”と呼べるものがあるとすれば、それは燐光群という集団と、そのまわりの人々の持っている類マレな”マンパワー”だったと思います。あの舞台が評価されて、「苦労が報われた」と思っている人が、きっといっぱいいるはずです。ね、古元君。多場面の転換を処理するため、二重のワゴンを仕込んでいる。 一つは、3畳のタタミが敷かれた「タタミワゴン」。このワゴンが前後にスライドするための床面は、基本の床面から120@低くなっており、ワゴンを設置すると、タタミ面がほぼ、まわりの基本床面と同じレベルになる。この120@の段差の側面をナイロンのスベリがこすりながら動いていく。 |
もう一つは、屋台が組まれた「部室ワゴン」。タタミワゴンの可動域のすぐ外側、基本舞台面のレベルにレールが埋め込まれており、このレールにキャスターが乗った状態で前後にスライドする。このワゴンは両側のレールに乗ったキャスターだけで支えられており、間にキャスターが入っていないため、タタミワゴンとはいっさい干渉せず動かすことが可能になる。このために、部室ワゴンの場面、タタミワゴンの場面、何もない場面のヴァリエーションが生まれ、これに持ち出しの小道具やカーペットを併用することで、多場面の処理を行った。また、中程にあるスライドドアを開閉することで、奥に収納したワゴンを隠し、またこのドアの動きとワゴンの動きを組み合わせることで、転換を見せながら、戯曲上の時間や場所が変化する様を表現することにも成功している。 |