| No.3 装置家 鳥居清光さん |
| 「型の中の独自な世界」 |
| 桜の花もほころび始めたうららかな春の午後、町田市玉川学園の丘を越え、鳥居さんのご自宅兼画室を訪問しました。落ち着いた風情の和風の門をくぐり、庭を横切って玄関へ。何と言っても、鳥居清光さんといえば、歌舞伎の絵看板では有名な鳥居派九代目の宗家。ベルを押す指もいささか緊張で震えます。しかし、こちらの思いとは裏腹にご本人はとても気さくで、女性らしく優しいお人柄。思わず緊張もほぐれます。調子に乗って、ご挨拶もそこそこにさっそくご自宅の2階にある画室を見せていただくことにしました。 入ってびっくり、広々としたフローリングの床面にカーペット、壁一面がそっくりガラスの引き戸になっており、そこから燦々と春の陽射しがふりそそぎます。玉川の丘をのぞむロケーションも最高。思わず仕事を忘れてしまいそうです。 しかし、次の瞬間、さらなる衝撃が待っていました。壁に立てかけられた絵の素晴らしさ。おもわずため息が漏れるほどの美しさです。14人の役者達が描かれたその絵は、描きあげたばかりものだそうで、江戸東京博物館に再現された中村座に飾られる予定だそうです。それにしても大きい。歌舞伎座に飾られているものの3倍ほどの大きさでしょうか。まずは、鳥居さんに横に入っていただいて、写真を1枚。しかし、この目の覚めるような色使いの見事さはきっと出ないでしょう。残念。鳥居さんは、東京芸大日本画科を卒業後、3年半、日生劇場の舞台課に勤務し、装置の設計に携わっていたと聞き、またびっくり。はじめは宗家を継ぐつもりではなかったのだそうです。というのも、先代である父上鳥居清忠氏は「女には無理だ」と言われていたそうで、今までも女性で宗家を継いだ方はいらっしゃらないとのこと。「男性でも大変な重労働」なのだそうです。 それもそのはず、月ごとに必ず歌舞伎座の演目は変わるわけですから、それにあわせて毎月数枚の絵看板を描きあげなければなりません。しかも、台本をもらって、どの場面を絵にするか、その構図、登場人物の配置、すべて鳥居さんが自分で考えるのだそうです。「新作狂言などで台本が遅れたりすると、本当にきつい」。絵看板以外にも装置のデザインは無論のこと、リトグラフの作品なども手掛けているとのこと。カレンダーには締切日の書き込みだらけ。しかし、それを見事にこなしている鳥居さん。頭が下がります。そんな鳥居さんも先代が亡くなられたあと、はじめてご自分の絵看板が歌舞伎座に飾られたのを見て「恥ずかしくて、はずして持って帰りたい」と思ったそうです。今でも描くたびに「もっと描けるはずなのに」ともどかしく思うことが多いとのこと。何事においても一芸を極められた方は、みな謙虚な気持ちになられるようです。 そんなとき先代や先々代が描かれた「絵番付」を見て、思いをあらたにするのだとか。それが下の写真。これは言ってみれば当時のチラシ兼ポスターのようなもので、先々代がお描きになったもの。今では大変貴重なものです。裏側に先々代のデッサンがさりげなく描かれていたりして、表も貴重ですが裏もさらに価値があるという珍しい物でした。「あくまで型をふまえながら、その中にやはり自分なりの独自な世界というものがある」と語る鳥居さん。そんな鳥居さんの他の作品も見たくなり、歌舞伎座まで足を運びました。これからの作品も楽しみにしています。 |